事業承継をスムーズに進める環境づくりとは何か?

ファミリービジネスにとって、後継者育成は事業を存続させる上でも非常に重要であることは周知の事実である。それゆえ、経営者としては家族に会社を継がせること望み、幼少期からの教育に力を入れる。しかしながら、今日の情報化社会を踏まえれば、必ずしも家族が自社を継ぐことを魅力的に捉えるわけではないだろう。例えば、後継者への教育が親の意図とは反対に、より大きな会社への挑戦を促しかねない。後継者にとって、どういった会社を継ぎたいと思い、またどういった環境をつくることが、彼らへの事象承継を成功に導くのだろうか。今回は、ハンドラーの研究を通じ、検討したい。

理論的にも、事象承継はファミリービジネスを進める上で肝要となる一方で、次世代がいかにして事象承継を経験していくかに関する知見は少ない。そこでハンドラー(1992)は、32組の事象承継を行った企業を対象に定性的調査を実施することで、事象承継に影響を与える要因を検討した。結論を先取りすれば、後継者の事象承継の経験の質に影響を与える要因として、個人的影響(個人的な欲求の充足・個人による影響力)と関係的影響( 後継者と現経営者との対等な尊敬と理解・兄弟や関連する世代からの助け・ファミリービジネスの永続に関するコミットメント・ファミリーとビジネスの分離の問題に基づく歪み)が明らかとなった。

まず、ハンドラーは事象承継に関する先行研究に対して、次の3点の批判を行っている。
第1に、これまでの研究において、後継者の動機や欲求といった個人要因について焦点が当てられていない点である。
第2に、会社への後継者の会社への参加は、世代間での権力の移行において重要であると指摘されており、さらなる経験的調査が求められる点である。
第3に、事象承継を行う会社のうち、30パーセントしか存続できていないという実践的な課題がある点である。
以上の理由より、ハンドラーは事象承継に関して後継者に焦点を当てることで定性的調査を実施した。

具体的には、32社のファミリービジネスを行う会社を対象に、その後継者に対して深層的なインタビュー調査を実施した。ここでの深層的なインタビューとは、ファミリービジネスの後継者が事象承継において、個人的にどのような経験をするかについて徹底的に調査することを意味する。インタビューの対象者の内訳は、17歳から28歳までが14名(そのうちの8名がすでに仕事に関わっている)、29歳から39歳までが10名(そのうちの6名がすでに仕事に関わっており、4名がすでにリーダーシップを発揮している)、45歳から50歳までが8名(そのうち5名がすでに仕事に関わっており、3名がすでにリーダーシップを発揮している)となる。また、男女の内訳は男性が23名、女性が9名となる。なお、インタビュー対象者が所属する会社の業種は小売業から製造業まで幅広く分布している。

ハンドラーは、インタビュー調査の分析に先立ち、事象承継の経験の質を次のように定義している。すなわち、ファミリービジネスに関与している後継者が、彼らの視点から満足し生産的であるかどうかである。この事象承継の経験の質に影響を与える要因として、「個人的影響」と「関係的影響」を明らかにしている。以下、それぞれについて詳細に論じたい。

まず、個人的影響として、「個人的な欲求の充足」と「個人による影響力」である。それぞれの影響について記述する。はじめに、「個人的な充足の欲求」とは、ファミリービジネス内において後継者の欲求を満たすことができる機会に巡り合えるかどうかの程度であり、キャリア・心理・ライフステージの3つの側面によって構成される。具体的には、キャリアの側面における欲求の充足とは、ファミリービジネス内において、後継者のキャリア上の興味に関する欲求が満たされることになる。心理の側面における欲求の充足とは、ファミリービジネス内において、後継者のアイデンティティを安定させたいという欲求が満たされることになる。ライフステージの側面における欲求の充足とは、探索(特に成人期に入る頃)や進歩(特に成人期の初期)、バランス(特に成人期の中期)の欲求が満たされることになる。インタビュー調査を通じ、これらの個人的な充足の欲求をより満たすことが出来た後継者ほど、事象承継においてより良い経験ができることが明らかとなった。一方で、「個人による影響力」とは、後継者の欲求を満たすために、会社に変化をもたらす影響を与えることができるかどうかに関する程度である。インタビュー調査を通じ、これらの個人による影響力を強く認識している後継者ほど、事象承継においてより良い経験ができることが明らかになった。

次に、関係的影響として、以下の4点があげられる。まず、対人間の影響として「後継者と現経営者との対等な尊敬と理解」と「兄弟や関連する世代からの助け」である。次に、対集団間の影響として「ファミリービジネスの永続に関するコミットメント」と「ファミリーとビジネスの分離の問題に基づく歪み」である。それぞれの影響について記述する。まず、 後継者と現経営者との間に対等な尊敬と理解があるほど、後継者は事象承継において、より良い経験ができることが明らかとなった。次に、兄弟や関連する世代からとのコンフリクトではなく彼らからの助けがあるほど、後継者は事象承継において、より良い経験ができることが明らかとなった。また、ファミリービジネスの永続をファミリーの価値として強くコミットしていればいるほど、後継者は事象承継において、より良い経験ができることが明らかとなった。ただし、そこでのコミットメントがビジネスの永続ではなくビジネスの手段にコミットしている場合は、ネガティブな経験になることが明らかとなった。最後に、ファミリーとビジネスの分離に基づく歪みであるが、これは家庭内の出来事と会社内の出来事が分離できず、それによって生じる軋轢を指す。この軋轢が多ければ多いほど、後継者は事象承継において、ネガティブな経験となることが明らかとなった。

以上を整理すると、事象承継の質、すなわち後継者が事象承継に満足し生産的であるかに関する程度、は以下の2つの要因から影響を受ける。すなわち、個人的影響と関係的影響である。具体的には、個人的影響として「個人的な欲求の充足」と「個人による影響力」があげられ、それぞれが高いほど事象承継の質は向上することが示された。関係的影響として対人間に着目した場合、「後継者と現経営者との対等な尊敬と理解」と「後継者と現経営者との対等な尊敬と理解」があげられ、こちらについてもそれぞれが高いほど事象承継の質は向上することが示された。また、対集団間に着目した場合、 「ファミリービジネスの永続に関するコミットメント」と「ファミリーとビジネスの分離の問題に基づく歪み」があげられ、前者はビジネスの永続へのコミットメントにおいてのみ事象承継の質が向上し、後者はその歪みが少ないほど事象承継の質が向上することが示された。

事業承継をスムーズに進める8つの着眼点

以上のハンドラーの研究を踏まえれば、事業承継をスムーズに進めるためには、次の8点に着目する必要があると考えられる。

第1に、後継者のキャリアにとって、自社を継ぐことが魅力であることを示す必要がある。「うちの家庭は代々会社を経営してきたから、お前も会社を継ぐのが当たり前」といった暗黙の前提に依拠するのではなく、後継者にとって魅力的な選択であることを理解させなければならない。そのため、他業種の経営者を紹介するなどして、経営の面白さややりがいを伝える必要があるだろう。

第2に、社内に後継者にとっての居場所をつくる必要もある。「自分の家族だから大丈夫」とたかをくくるのではなく、社内での根回しが求められるだろう。

第3に、後継者のライフステージに合わせた、働き方を許容することも必要である。新たな挑戦をしたい後継者に対して、頭ごなしに叱るのは悪影響であるといえる。

第4に、後継者の要求や取り組みが実現するように、ある程度お膳立てすることが必要となる。社内において自らが影響力を持ち得ることをすることは、事象承継に対してより後継者を動機づけるだろう。

第5に、後継者を子供と見なすのではなく、ひとりの経営者として信頼し、尊敬する必要がある。いつまでも子供扱いされる環境において、後継者は事象承継に積極的になるのは難しい。

第6に、後継者の兄弟に対する配慮を怠らないことである。兄弟同士の争いは、後継者にとって会社を継ぐことを躊躇する要因になりかねない。幼少期のころから配慮して教育することが求められるだろう。

第7に、家族として会社経営に協力することである。家族の支えは後継者にとって力強いサポートになるだろう。ただし、そのサポートはあくまでも会社存続に向けるべきで、既存の方法への過剰なコミットは逆効果になりかねないため、注意が必要である。

第8に、家庭内において過度に仕事の口出しをしないことである。家族故に、後継者の取り組みに対して口出ししがちであるが、その口出しが後継者の目指す方向性と異なる場合、障害にしかならない。仕事と家庭は分け隔てることが求められる場合も考慮すべきである。

これらの8つの着眼点を意識することが、より良い事象承継を導くと考えられる。ぜひ、みなさまの事業承継の推進にお役立て頂ければと思う。