創業者や先代のナレッジ・ノウハウはどのように伝えるべきか

ファミリービジネスの経営者にとって、次世代に会社を託す上で、自身の経験や経営で培ったナレッジ・ノウハウも含めて承継したいと考える。しかしながら、その創業者や先代の思いとは裏腹に、十分にその承継が成功しているとは言い難い。今回の調査レポートでは、前任者から後継者への知識移転のプロセスを理論的に提示したカブレラ(2001)の論文を紹介することで、成功の糸口を検討したい。

まず、ファミリービジネスにおける前任者から後継者への知識移転において、両者のモテベーションが重要となる。なぜなら、前任者は自らのこれまで培ってきた知識を、後継者に託すことの恐怖に打ち勝たなければならないからである。また、後継者も、前任者より知識を譲り受ける上で、満足感や期待が無ければ、知識移転は成功しない。よって、知識移転を検討する上で、両者の移転への動機づけが肝要となる。

次に、動機づけられた前任者と後継者は、ファミリービジネスに関する暗黙知※1を移転することになる。具体的には、以下のプロセスを取る。初めに、自社や前任者自身の考える知識を形式知※2として捉えることで、戦略を立てる。その戦略に基づき、介入することによってファミリービジネスが有する独実の能力と定義される家族性が醸成される。その後、その家族性が競争優位となりパフォーマンスを引き出す。このプロセスを経ることによって、前任者が後継者へと知識を移転させることになる。

※1暗黙知:特定状況に関する個人的な知識であり、形式化したり他人に伝えたりするのが難しい知識。
※2形式知:形式的・論理的言語によって伝達できる知識。

その上で、知識移転に影響を与える要因として、「前任者と後継者の関係性の質」が挙げられる。 前任者と後継者の関係性の質は、ビジネスにおける知識移転において、非常に重要な要因となる。具体的に、より良い関係性とは、尊敬や理解、支援的な行動などに特徴づけられる。このような優れた関係性は、後継者にとってサポートを受けているという感覚や、承認されているという感覚、そしてさらなる満足を生み出すことになる。これらの感情は、互いの信頼やフィードバック、対等な関係による学習や友情を育むことにより、結果として仕事における知識移転を促すことになる。一方で、前任者と後継者の関係は、性別によるステレオタイプによって、上手くいかない可能性もある。例えば、父親と娘の関係において、リーダーシップに関する知識移転が阻害される可能性もある。また、年齢によっても、影響を受ける。例えば、父親が50歳代において、息子が23歳から32歳の間であれば、よりよい関係が形成できると考えられているが、父親が60歳代において、息子が34歳から40歳の場合、関係は悪化すると考えられている(「[研究レポート]後継者へのバトンタッチは還暦のお祝いまでに」参照)。

前任者との後継者との関係性の質と同様に、「後継者トレーニング」も知識移転において重要な要因となる。具体的なトレーニングとしては、競合他社や財務、規制、業界の歴史、さらには市場の将来性に関する知識を獲得すること。そしてコミュニケーション、モテベーション、さらにはマネジメントスキルに関する知識を獲得することが必要となる。後継者は、これらの知識を経験や学術的に学習することによって、将来の経営者としての能力を獲得していくことになる。これらのトレーニングを通じて、前任者から後継者への知識移転が促されることになる。

さらに、上述の要因以外にも、会社の状況」は後継者への知識移転に影響を与えることになる。例えば、経済の状況や会社の財政、そして会社の文化が影響を与えることになる。さらには、ファミリーメンバー以外の従業員も、後継者への知識移転に影響を与えることになる。同様に、「ファミリーの状況」も後継者への知識移転に影響を与える。例えば、ファミリーの結束や適応性、さらに家族のビジネスへのコミットメントが影響を与える。すなわち、会社の置かれた環境やファミリーの特徴が、後継者の知識の獲得に影響を与えるのである。

後継者への知識の継承は自然にはおこらない!!

以上を踏まえれば、後継者への知識の世代承継において重要になるのは、まず前任者自身が自らの有する知識を言語化することである。先代の経営者が後継者へ承継したい知識が明確であればあるほど、承継のための戦略が立てられる。その上で、知識の承継を検討する前任者と、知識を承継する後継者を動機づける必要がある。これらの前提を整えた上で、互いのキャリアを踏まえた特性や、教育プログラムの整備することが重要である。すなわち、前任者は自らが有する知識が、ともに働くことでいずれ伝わるであろうと、高をくくってはならい。むしろ、しっかりと伝えたい知識を明確にし、その知識を伝えるための綿密な計画が必要となる。本調査レポートを踏まえれば、そういった自らの内省や計画の検討そのものが、最も知識移転の近道と言えるだろう。

具体的な取組みとして、後継者をプロジェクトリーダーとして、中期経営計画を策定することもその1つである。中期経営計画の策定で重要なこととして、そのプロジェクトの推進において、先代の経営に対する思いなどもヒアリングするなかで、これまで暗黙知としていたナレッジ・ノウハウを形式知として表出化させることが重要である。また、中期経営計画のような全社横断型のプロジェクトを推進することで、後継者は経営的なトレーニングを積むことができ、また、社内外の関係者との関係性も構築できるものと考えられる。

後継者による中期経営計画の策定に興味をお持ちの方は以下をご参考ください。