いつ、後継者にバトンを渡すべきか?

経営承継を進めるうえで、後継者育成とそのタイミングほど重要なものはない。多くのオーナ・同族会社において、先代が亡くなったタイミングで急に後継者に経営のバトンが渡されている。今回、紹介するレポートは、親子の年齢に注目し、ライフステージからどのようなタイミングで経営承継すればよいかについて研究したものである。

デビスらの研究では、父親と息子の年齢に注目することで、より良い関係が生じる時期を明らかにしている。下図は、父親と息子の仕事における関係について、ライフステージの理論をもとに、明らかにしたものである。研究の結果、父親が51~60歳のときに息子が23~33歳の場合、比較的調和的であるということ。一方で、父親が61~70歳のときに息子が34~40歳の場合、比較的問題が生じることを明らかにしている。

以下、具体的に研究内容を紹介する。

本研究は、父親と息子の仕事における関係の質について調査したものである。ここでの質とは、次の4点によって評価する。

第1に、安心して共に働くことができるかどうか

第2に、協働から喜びが生まれるかどうか

第3に、共に働くことで、どの程度目標を達成することができるかどうか

第4に、お互いにどの程度学び合うことができるかどうか

デビスらは、ライフステージに関する既存研究をもとに、次の3点の仮説を導出した。

1点目の仮説は、「父親が40代で、息子が17歳から22歳の時、仕事における関係は比較的問題が生じる。」

2点目の仮説は、「父親が50代で、息子が23歳から33歳の時、仕事における関係は比較的協調的となる。」

3点目の仮説は、「父親が60代で、息子が34歳から40代の時、仕事における関係は比較的問題が生じる。」

以下、それぞれの仮説導出の背景について整理する。

1点目の仮説「父親が40代で、息子が17歳から22歳の時、仕事における関係は比較的問題が生じる。」は、次の理由によるものである。まず、父親が40代になる頃には、父親は自らの人生における終りを意識すると共に、自らの将来において何を何遂げたいか考え始めることになる。40代の父親は自らの人生において、依然として「何かを成し遂げた」という意識が低く、自分自身に満足していない。それゆえ、多くの父親は、時間が無駄に過ぎることに危機感を覚えると共に、自らが何者で、自身は何を達成したいのかについて考えだすようになる。次に、息子が17歳から22歳になる頃には、息子は家族から自律する途中となる。そのため、息子は息子自身のアイデンティティを確立しようと試みると共に、子供の頃に生じた家族間のコンフリクトの最中でもある。このような両者の年齢において、父親は自らの権力を他者に行使しようとし、それを通じて父親の苦悩を解決しようと試みる。一方で、息子は様々なキャリアの機会を持つが故に、息子は父親と協働する必要性を感じない。さらに、父親や家族から明示的ないし暗黙的に会社に参画するようにプレッシャー、さらには父親による息子の仕事上の成果や行動の監視は、息苦しさを感じることになる。よって、父親が40代で、息子が17歳から22歳の時、仕事における関係は比較的問題が生じると考えられる。

2点目の仮説「父親が50代で、息子が23歳から33歳の時、仕事における関係は比較的協調的となる。」は次の理由によるものである。まず、父親が50代になる頃には、中年期の終りを意識し始め平穏な時期が到来する。さらに、悩ましい40代を乗り越えた50代は、これまでの経験を持ち合わせているため、若者のより良いメンター(相談相手)となり得る。次に、息子が23歳から33歳になる頃には、多くの選択肢の中から自らの進路を選ぶことへの欲求と、より多くの選択肢を持ち続けたいと考えるようになる。また、安定への欲求と共に、成長するための外部からの要求を期待するようになる。このような状況において、息子は彼らのもつバイタリティを活かし、より挑戦的となる。このような両者の年齢において、父親は後継者の育成を望むようになり、息子は仕事における夢の実現をサポートしてくるメンターを探すことになる。よって、父親が50台で、息子が23歳から33歳の時、仕事における関係は比較的協調的となると考えられる。

3点目の仮説「父親が60代で、息子が34歳から40代の時、仕事における関係は比較的問題が生じる。」というものである。まず、父親が60代になる頃には、父親は会社における意味のある活動が減少し、自身の会社との関係も弱まってくる。そのため、父親は会社や社会からの要請とは裏腹に、会社に残ることを求める。次に息子が34歳から40代になる頃には、息子は独立したいという気持ちが強まり、一人前の男になることを求める。このような両者の年齢において、父親の持つ会社に残りたいという欲求と、息子の持つ父親から独立して仕事をしたいという欲求がぶつかり合うことになる。それゆえ、両者は非常に重大なコンフリクト(紛争)を起こす可能性がある。よって、父親が60代で、息子が34歳から40代の時、仕事における関係は比較的問題が生じると考えられる。

以上の仮説をもとに、本研究では89組の父親と息子を対象に質問紙調査を実施した。89組のうち、69組は調査実施時も協働を行っており、20組はすでに世代継承済みとなる。なお、69組の父子が協働している年数は、最短で1年間から最長で31年間におよび、平均して10.3年間となる。また、調査対象が所属する会社の売上高は、50万ドル(5千億円)から1億6百万ドル(約106億円)におよび、平均して1千80万ドル(約10億8千満円)となる。統計分析の結果、統計的に仮説2と仮説3が支持された。すなわち、父親が50代かつ息子が23歳から33歳の時において、両者の関係は良好である。しかしながら、父親が60代かつ息子が34歳から40代の時において、両者の関係に何らかの問題が生じるというものである。

現経営者に求められることは後継者のメンター(相談相手)となる意識

デビスらによる研究を踏まえれば、経営者が心身とも充実している50代の内に経営承継すべきというものである。年齢はともかく、この研究で重要なことは、現経営者が後継者のよきメンターになれるかどうかである。それがライフステージの心理的な研究結果では50代が最もふさわしいということである。そのため、一般的に年齢を重ねるほど、自身の会社への執着心は強くなるが、現経営者が60、70代であっても、後継者に対してよきメンターになることを意識すべきであろう。そのような意識がなければ、社内で権力にしがみ付き続けようする現経営者と独立したいと思う後継者との間に亀裂や分裂が生じかねない。よって、経営者が50代の内に徐々に経営承継の準備を進め、還暦には次世代に経営を託すことが求められる。

しかしながら、現実の経営承継を踏まえれば、経営者が60歳を越えたケースは多くみられる。後継者とのコンフリクトを避けるためにも、具体的にどういった取り組みが必要となるだろうか。

まず第1に、先にあげた通り、現経営者は後継者のメンター(相談相手)となるべく意識すべきである。

第2に、自らの年齢ごとの一般的傾向を理解するというものである。例えば、40代においては何かを成し遂げたいという焦りが生じうる時期であるが、50代になればそれまでの経験に基づいた後継者育成へと動機づけられる時期になること。しかしながら、60歳を越えると自らの拠り所が会社のみとなり、バランス感覚を失いかねない時期であること。自らの加齢とともに、どのような段階にいるのか、客観的に自分自身を捉えることが重要となる。

第3に、そういった年齢ごとの傾向は、後継者自身にも当てはまることを理解することが求められる。経営者自身に年齢ごとの揺らぎがあるように、後継者にもその傾向は見受けられる。さらには、後継者の方がより感受性が高く、大きく揺らぐことになる。両者の年齢に基づいた傾向を理解した上で後継者に接していくことが、経営者が60歳を越えたケースにおいては肝要となる。