娘への経営承継を考える経営者が検討すべきこと
ファミリービジネスをはじめとする中小企業は、大企業と比べ経営者の個性が現れやすい。よって、優れた経営者であれば、すぐにその良さが反映される一方で、問題のある経営者の場合、負の側面が際立つのも事実である。今回、大塚家具をはじめとする女性の後継者に着目し、彼女たちはどういった個性によって、どういった経営をするのか、検討したい。事実、理論的にも経営者の個人特性は、中小企業にとって組織構造や文化、戦略に大きな影響を与えるのみならず、父親や後継者の関係においても重要な役割を与えると考えられている。そこで本レポートでは、後継者娘の性格・個性に注目したデュマ(1990)を取り上げることで、後継者となる娘はどういった性格・個性(アイデンティティ)を持ち、それぞれの性格・個性が組織に、どういった影響を与えるのか明らかにしたい。
デュマは1988年に行った18社のファミリービジネスを対象に、20名の経営者の娘への調査を通じ、娘の性格・個性を生み出す組織的な構造を明らかにしている。結論を先取りすれば、デュマは、経営者の娘の性格・個性として3点の特徴を提示している。
第1に、「父親の世話役」である。
第2に、「王の財産の番人」である。なお、ここでの王の財産とは、ビジネスそのものやビジネスで得た財産を指す。
第3に、「財産の消費者」である。
その中でも、王の財産と表現するビジネスを指揮し、ビジネスで得た財産を継続的に守ることができる娘の健全な性格・個性は、「王の財産の番人」と位置づけている。以下、それぞれの性格・個性について、詳述する。
「父親の世話役(従順な娘)」は新しい取組みができない?
初めに、「父親の世話役」という性格・個性について説明する。デュマによると、この性格・個性を持つ娘は、単純に父親の影になってしまうと指摘している。ここでは、ある経営者の娘を例に説明する。その娘は、父親が経営する会社に人手不足を理由に参画することになった。父と娘の関係は非常に良好であり、しばし多様な問題について議論する仲であった。すなわち、娘は忍耐強く父親を支え、元気づけ、そして多くのサポートを提供していたのである。のちに、その娘は営業のトップを務めることになり、父親が定めたルーティンに従いながら仕事を進めていると、父親からマーケティングの事業を担ってほしいとの依頼を受けた。マーケティングの事業を担うにあたり、娘はより独立的に仕事をすることが求められたが、父親は自分の娘であれば可能であると考えたのである。しかしながら、娘は、自分自身にその能力はなく、担うことが出来ないと父親に伝える結果となった。なぜなら、娘にとって、彼女の既存の仕事を担い続けることが最も快適であると考えてしまっているからである。
「財産の消費者(自立した娘)」は前任者(父親)を単に否定してしまい生産的な活動ができない?
次に、「財産の消費者」という性格・個性について説明する。この性格・個性を持つ娘は、一貫性がなく、自らの興味関心に従うことになると指摘している。この性格・個性についても、調査によって明らかとなった経営者の娘を例に、説明したい。その娘は自社の持つ流通システムが、時代遅れであり、また非効率であると指摘しているものの、父親は自分自身の意見に耳を傾けてくれないと指摘している。娘としては、父親の唯一の娘である自分自身が、この状況について黙っていることはできないのである。そのような状況の中、父親は病気を患い、3か月間の休暇を取ることになった。娘は、父親が休暇を取っているその期間こそが変化の時であると考え、娘と共に協働してくれるマネジャーを雇うことで、流通システムの改革を実施した。具体的には、顧客のそれぞれの注文に合わせて、配達の日時が決定するというシステムを導入した。娘によると、全ての顧客が、この新しいシステム満足したわけではなかったとしている。なぜなら、父親は顧客全員の名前や顧客の通常する注文まで全て暗記しており、それがひとつのビジネスの強みであったからである。そして、なによりも、父親は娘が導入した新たなシステムを、全く持って気に入っていないのである。すなわち、社長の娘は、自らにビジネスを変革することができる能力があると考えていると共に、自らの興味関心に突き動かされてしまうが故に、意思決定において、他人のアドバイスや情報を用いないのである。よって、彼女は社内からの共感や後継者としての資格が欠如してしまったのである。
後継者に最もふさわしい「王の財産の番人」とは父親のサポーター志向を持った娘である。
最後に、「王の財産の番人」という性格・個性について説明する。この性格・個性を持つ娘は、いわゆる「パパの小さな娘」として父親の影になることもなく、その一方で完全に父親との関係やそのビジネスを壊すことにならない。むしろ、父親をサポートしながらも、これまでのビジネスを受け入れられる方法で指揮していくことにある。ここでの父親のサポートとは、父親自身に依存するわけでも父親に反抗するわけでもなく、両者の適切なバランスを取ることを意味する。また、ここでのビジネスの指揮とは、娘自身がビジネスを担っていく十分な性格・個性を確立しながら、会社に参画することを意味する。
例えば、デュマが実施した調査において、経営者の娘は「父は会社の危機というものをしっているため、私は部分を手助けしたいと考えています。私が参画する前まで、父はそれを24時間ずっと一人で考えていたのですから。」や「父と私は、お互いに助け合っています」といった発言が見受けられた。すなわち、父親に依存しすぎることなく、その一方で調和を持ちながら、仕事を進めるのである。
以上を踏まえると、「父親の世話役」という性格・個性を持つ娘は、既存のやり方を踏襲することに強い志向性を持ち、戦略や事業内容を変化することによりも、むしろ維持し続けることになる。また、「財産の消費者」という性格・個性を持つ娘は、自らの強い興味関心に突き動かされるがために、他者の意見や情報に耳を傾けようとせず、衝動的なビジネスを行うことなる。一方、「王の財産の番人」という性格・個性を持つ娘は、父親からの依存と独立のバランスをうまくとることができるため、会社を維持しながらも、変化を起こすことが可能となる。よって、デュマによると、ビジネスやビジネスで得た財産を継続的に守ることができるのは、「王の財産の番人」であると結論づけているのである。下表は、これらの性格・個性の志向性と、会社に与える影響をまとめたものである。
娘を「王の財産の番人(父親のサポーター)」にするには
本研究レポートを踏まえれば、娘を持つ経営者は、次の2点について理解する必要があるだろう。
第1に、娘は反抗することのみならず、自身に依存する可能性があるということである。娘に限らず、後継者は先代の経営者に反抗的になり、会社を危機に陥らせるといった話は枚挙にいとまがない。その一方で看過されてしまうことは、先代に依存してしまうパターンである。本来、大企業と比べて、素早い意思決定を得意するはずの中小企業が、後継者が依存することによって、既存の仕事の進め方を踏襲するようになる。すなわち、中小企業の大企業病化が生じてしまうのである。後継者が反抗する場合と共に、過度な依存も危険な状況であることを理解することが必要であろう。
第2に、娘の性格・個性は3種類あることを理解し、自らの娘がどういった性格・個性を持っているのかを見極める必要がある。依存しやすいタイプ「父親の世話役」であれば、幼少期から自ら一人で何かに取り組ませることで自立を促し、一方、反抗しやすい(極端に自立している)タイプ「財産の消費者」であれば、チームプレーが必要なスポーツなどを取り組ませることで他者との協調性を学ばせることが必要となる。特に優秀な娘は後者「財産の消費者」になりがちである。本研究によって提示された3点を参考に、後継者の性格・個性の見極めとそれに伴う後継者育成が肝要となる。