今回のレポートは、上原 (2005)をもとにして、香港のファミリービジネスの承継問題について述べる。香港では、15大企業グループの経済力が大きい。これらの企業グループのオーナーの世代交代が進みつつあり、それに伴って創業者一族の資産及び企業グループが創業者世代から後継者世代へ受け継がれている。しかしながら、「承継を経るにつれて創業者一族のメンバーは増加し、経営をめぐる創業者一族の争いが発生する契機となり得る」。このようなファミリービジネス特有の課題に対して、他国と比べて経済力の大きい香港のファミリービジネスでどのように対処してきたのかを理解することは日本のファミリービジネスを考える上でもヒントになりえる。

香港のファミリービジネスの特徴

香港の15グループの産業別の特徴は、不動産、商業、金融等が中心であり、製造業は極めて少ない。第一世代の企業グループは、1980年代以降に創業を開始し1990年代に上場を果たした比較的歴史が浅い企業グループと、1950年代から60年代に創業し70年代から80年代に中核企業を上場した企業グループに分けられる。前者の場合、グループの代表者は所有者であると共に実質的経営者でもある。一方、後者の企業グループでは、年齢は70歳前後に達している創業者がグループ総帥の地位にある。また、香港では、承継によって所有株式が分散化しやすい特徴がある。なぜなら、香港の民法は、正当な相続者に均等に分割して相続すると定めており、そのため相続を重ねると企業の所有権も分散することになるからである。所有株式の分散化を防ぐために、先行研究では信託基金の設置を提唱している。しかし、信託基金の管理は、創業者一族に任されるため、所有株式の管理圏が現創業者一族の子孫の手に渡ると株式を外部に売却する、あるいは一族で分割し所有を分散させる可能性がある。したがって、信託基金の管理者である受託者について明らかにすることが重要になる。信託基金の受託者として広範に利用されているのが、私人公司(プライベートカンパニー)である。企業の株式を公開しなければ、一般から資本を仰がず特定の人物だけが株式を保有するため、創業者一族がプライベートカンパニーを閉鎖的に所有することが容易となる。

香港ファミリービジネスのガバナンスを実現する3つのプライベートカンパニー

プライベートカンパニーは、信託会社、持株会社、投資会社に分けられる。まず、信託会社とは、信託の引受けや、執行・管理を目的として設立された会社である。また、裁量信託の事例として、信託財産の管理または処分に関し、受託者に裁量権が付与されている場合がある。このような場合、信託制度では受託者である信託会社が所有株式を管理し、受益者である創業者一族には自由に管理・処理する権利が与えられていない。したがって、信託会社は、香港に支配的な均等分割相続の原理による創業者一族財産の分散を阻止し、創業者一族が所有する株式を将来にわたって集中的に管理する手段として効果を持つと言える。

次に、持株会社は、事業持株会社(参加企業の株式を所有してその企業を支配すると同時に自らも事業活動を行う)と純粋持株会社(傘下企業の株式の所有とその支配のみを行う)に分かれる。持株会社の特徴は、他の会社に対して所有だけでなく経営にも参与することである。

3つめに、投資会社の株主は、一般株主ではなく創業者一族のみとなるため、創業者一族は投資会社を通じて持ち株をまとめることができる。以上の信託会社、持株会社、投資会社の関係性を図に示している。

香港ファミリービジネスが持つ仕掛けの特徴は、プライベートカンパニー間に形成された垂直的所有関係にある。その理由はタックス・ヘイヴンの利用のためである。香港では英領ヴァージン諸島、英領バミューダ、ケイマン諸島などのタックス・ヘイヴンに登記する企業が多い。タックス・ヘイヴンを駆使する創業者一族が、複数のタックス・ヘイヴンに会社をそれぞれ設立することによって、税制の差異を利用して節税を実現しようとした結果形づくられた。このような垂直的所有関係は、グループの支配を確実なものにし、事実上、持株会社が企業グループの投資を決定し、投資会社が持株会社の決定を実行していると考えられる。まとめると、所有株式の分散化を防ぐために、香港ファミリービジネスでは、信託基金の管理のためのプライベートカンパニーの設立と、それらのプライベートカンパニーを垂直的所有関係で支配している。

株式分散を防ぐ手立て

次に、香港のファミリービジネスにおける外部への株式散逸を防ぐ具体的な仕掛けはどのようなものなのかを検討する。まず、香港ファミリービジネスの所有構造の特徴は、創業者一族による大量株式の所有にある。2つめに、香港では、一般的に上場後の資金を第三者割当や株主割当によって調達する。3つめに、議決権制限株式が発行されている場合、議決権株の過半数を所有していれば創業者一族の持ち株率が半分以下でも企業の経営支配が可能である。

経営承継と後継者の素養・育成について

さらに、香港の華人系企業における経営の承継に関わる問題として、後継者の経営への無関心、創業者一族内の資産や経営をめぐる争いが挙げられている。企業は経営権が第二世代の手に移ると創業者一族内に亀裂が発生し承継が困難となりやすくなるという結果の研究もある。その原因として、香港の上海系企業では、女子よりも男子が取締役に就任することが優先され、男子兄弟が事業を承継する。兄弟がそれぞれ事業を担当するため、意思決定の統一を図ることができず分散した企業組織となる。このような状況で企業が存続する条件は、長男が事業を承継し、次男以下の兄弟が独立して事業を創業することを示した研究もある。第二世代の後継者が事業を承継しその他の兄弟は独立すると、企業の意思決定は第二世代の長男のみが行うため第一世代の中央集権的な組織に似たものになる。

次に創業者一族の経営関与の特徴を見ていく。まず、直系家族のみの事業承継であるため、承継を経ても人材プールの規模が拡大することはない(ただし、例外として李国宝グループは、事業承継を直系家族のみに限定しておらず、開放性がある)。2つめは、男子が優先的に重要な経営ポストに就いている点である。女子は社長に就くことはあっても会長に就くことはない。息子がいない場合、変わって登用されるのは娘ではなく娘婿であるその背景には、香港の相続法が清朝とイギリスの法律を併用してきたことが考えられる。3つめに、企業の代表権者である取締役会会長には長男が就いている。香港の華人系企業では、事業は意図的に長男へ譲渡されている。これは承継に伴う事業分散を回避するためである。4つめの特徴は、ひとつの事業を兄弟で担当していることである。ひとつの事業を兄弟で担当することによって、複数の創業者一族メンバーが複数の企業を兼任しているため、企業グループの意思決定を中央に集中させることができる。5つめに、第二世代以降のグループでは、トップマネジメントを担う創業者一族の能力が極めて高い。ほとんどがイギリス、アメリカ、カナダの大学を卒業し海外事業展開のための語学力を備えている。6つめに、創業者一族メンバーの社内就業歴が長いことが挙げられている。後継者は企業の経営に長年関わることによって経験を積み、他の取締役からその経営判断能力や実行力の信頼を獲得している。

以上のような特徴を持つ香港のファミリービジネスの15グループ傘下企業のうち上場している51社を対象に、創業者一族の所有と経営に対する関与の変化について述べていく。まず、創業者一族が第二世代のグループは株式支配力が大きく、第一世代と第三世代以降のグループは株式支配力が小さい。創業者一族の傘下企業に対する所有は、第一世代から第二世代に株式支配力が拡大して最高水準に達し、第三世代以降は筆頭株主の地位を失わない程度に創業者一族の手から所有が離れていると言える。2つめに、経営支配力に注目すると、第二世代以降に承継されると経営支配力は高くなることが示されている。3つめに、創業者一族の所有と経営に対する態度は世代によって異なっている。第一世代では、創業者一族による所有を志向し、経営では外部人材の導入を志向している。第二世代のグループでは、株式支配力と経営支配力は大きくなり、創業者一族の上場企業に対する支配は最も大きくなる。第三世代のグループでは、第三者の株主に株式を開放し、創業者一族が筆頭株主としての地位を失わない程度まで株式支配力が弱まる一方で、直系家族が取締役に就くために創業者一族の経営参与はある程度維持され、創業者一族の支配力を保持している。

香港では大規模なファミリービジネスが他国に比べて大きな経済力を持ち続けている。その経済力を保つために、経営支配の低下や後継者不足や相続争いなどの危機に対してどのように対応してきたのかを述べてきた。香港ファミリービジネスでは、創業者一族が世代交代に伴う所有の分散化を防ぐための仕組みがある。また、承継を経るにつれて創業者一族の所有と経営の態度が変化していることも述べた。これらの議論の前提として、香港のファミリービジネスでは、法律や文化による影響を強く受けているため、特有の問題が生じていた。翻って、日本の文脈で改めてファミリービジネスの特徴を考え合理的な選択をすることが重要であるといえるだろう。