前任の経営者の役割は何か?

事業承継を検討する上で実践的にも理論的にも注目されるのは、いかにして創業者や現経営者は後継者に権限を移譲するのかという問題であろう。しかしながら、後継者に権限が移譲されれば、事業承継が必ずしも終わるわけではない。特に中小企業であれば、権限移譲後の創業者や前経営者の役割は看過できないだろう。今回の調査レポートでは、後継者に権限を移譲したのちの、経営者の役割に着目した研究であるカデュー (2007)を取り上げることで、その役割を明らかにしたい。

事業承継とは、前任者が後継者にリーダーとしての役割を移譲することになるが、その際、前任者は、これまで担ってきたリーダーとしての役割から他の新しい役割を担うことになる。しかしながら、先行研究において、前任者の役割については十分には議論されてきていない。この問題意識より、 カデュー(2007)では事例研究を用いることで、事業承継後の前任者の役割を明らかにしようと試みている。 なお、本研究において、カデューは5社へのインタビュー調査を実施しており、以下の表が調査対象となった5社である。

 

前任者の特性により担う役割も変わる

事例研究の結果、前任者は技術的な専門家としての役割と、コンサルタントとしての役割を担っていることが明らかとなった。

技術的な専門家としての役割を担う前任者は、会社の生産ラインや研究開発に参画していた。これは、前任者にとってマネジメント業務はあまり魅力的ではなく、むしろ、技術的な支援こそが彼らにとって、魅力的な取り組みであったからである。具体的な技術的な支援として、例えば、事業における優秀な技術的リソースとしての役割を担っていた。また、研究開発部門や技術的な問題の解決、工場のレイアウトといった際の参照すべき人物としての役割を担っていた。さらには、製品のサポートや海外の設備の整備を行う役割を担っていた。

コンサルタントとしての役割を担う前任者は、マネジメントにおける外部コンサルが担うような役割を果たしていた。具体的なコンサルタントとして、例えば、販売やマーケティングの問題に参画しながら、競合への訪問や特定の事業においてスポークスマンとしての役割を担っていた。また、販売のミーティングや海外におけるマーケティングの戦略の策定に参画するという役割を担っていた。

これらの発見から明らかとなることは、前任者は自らが快適かつ役に立てる役割を見つけているということである。上述の発見を踏まえると下図が示すように、職人タイプの前任者は技術的な支援を好み、マネジメント主義なタイプの前任者はコンサルタント的な支援を好むというものである。カデューによると、いずれのタイプの役割にせよ、前任者は新たな役割を担いながら後継者をサポートしていくと結論づけている。

以上のカデューの研究をふまえれば、事業承継後の前任者の役割は、前任者の趣向性を反映しながら決定することが明らかとなった。すなわち、自らが技術者としての志向性をもつ前任者は、マネジメント上のサポートをするよりも、技術者としてサポートすることを目指すことになる。その一方で、特定の専門家というよりもむしろ経営への志向性をもつ全員者は、マネジメント上のサポートを目指すことになる。本研究では、上述の2つの役割が、後継者にどういった影響を与えるかまでは綿密には明らかにはされていないが、調査対象となった5社ではそれぞれの役割を通じ、後継者や組織をサポートしていたというものである。本研究から導かれる含意は、自身のこれまでのキャリア上の経験や知識が最も活用できる形の役割を果たすべきということであろう。これまで経営してきた前任者だからといって無理にマネジメント上の課題に関与する必要はなく、技術上の知識を活かす関与の仕方もある。後継者を中心とした家族や従業員とコミュニケーションを図りながら、最も会社にとって有益となる役割を担うことが肝要となろう。