後継者はいかにして正当性を獲得するのか?
事業承継における重要なことは、後継者が社内において、会社を担う人物として認められることである。特に、創業者社長や中興の祖と呼ばれる経営者の次世代を担う場合、現社長との比較は免れないだろう。そのような比較の中で、多くの場合が社内での軋轢を生み、後継者は従業員からの嫉妬を受けることになる。では、どうすれば後継者は社内から認められ、スムーズな事業承継が可能となるのだろうか。
今回の調査レポートでは、後継者が社内での正当性を獲得する過程に着目した研究を紹介したい。バラクら(1988)は、ファミリービジネスの経営者へのインタビュー調査を通じ、いかにして後継者の会社への参画を成功に収めることができるかについて明らかにしている。ここでの成功とは、家族と会社にとって好ましい結果となることを意味する。特に、バラクらは、後継者が会社における地位の獲得を「正当性の獲得」と位置づけ、その過程を詳細に検討している。
バラクらによると、正当性は社内から「支持」と「信頼」の2つを獲得することによって、達成されるとされる。まず、「支持」とは、後継者が企業文化に即した信念を持ち、行動を取るかに関する従業員の認識を意味する。すなわち、後継者が会社特有の仕事のやり方や考え方を理解し、従業員が期待する行動を取れるかどうかが重要となる。次に、「信頼」とは、後継者が価値ある成果をあげる能力と意思があるかに関する従業員の認識を意味する。すなわち、後継者が会社を牽引する経営者として足りうるかどうかが重要となる。バラクらは、これらの「支持」と「信頼」を獲得することで、後継者は自らの自信とともに従業員からの協力を得ることが可能となり、後継者としての正当性を持つことができるとしている。この正当性を持った後継者は、優れた戦略の策定や優れたリーダーシップの発揮が可能となるため、事業承継の成功者となるのである(この正当性獲得をモデル化したものが図1となる)。以上より、事業承継を成功に収めるためには、社内からの支持と信頼を通じた正当性の獲得が不可欠となる。
上述の議論より、事業承継を成功に収めるためには正当性の獲得が肝要となることが明らかとなったが、後継者はどのような過程を経て、正当性を獲得するのだろうか。バラクらは、正当性を獲得するための2種類の戦略を提示している。まず、新規学卒者として、大学を卒業後すぐに会社に参画する戦略である。次に、他社での経験を踏まえた上で、会社に参画する戦略である。それぞれの戦略の強みと弱みをまとめたものが、図2となる。
大学卒業後にすぐにファミリービジネスに参加するメリットとデメリット
まず、新規学卒者として、卒業後すぐに会社に参画するケースを検討する。この場合の強みは、事業を勧める上で必要となる独自の技能を獲得しやすいという点、さらには社内からの支持や信頼を獲得しやすいという点があげられる。一方、弱みとしては、現経営者とコンフリクトが生じた場合には大きな問題になりかねないという点や、日常業務における失敗が後継者の無能さを示すものとして捉えられてしまうという点があげられる。
他社勤務後にファミリービジネスに参加するメリットとデメリット
次に、他社勤務などを経てから会社に参画するケースを検討する。この場合の強みは、後継者の能力を客観的に証明できる点や、事業環境における視覚を広げることができる点があげられる。一方、弱みとしては、外部における経験が社内における仕事のやり方と衝突する可能性がある点や、古株社員から恨みをかう可能性がある点である。
バラクらは、上述の強みと弱みを踏まえた上で、ファミリービジネスの経営者30名に対してインタビュー調査を実施した。30社のうち、従業員数は50名以下から200名以上とばらつきがあるとともに、売上高についても1千万ドル(約10億円)以下から5千万ドル(約50億円)以上の規模となる。インタビュー調査に先立ち、バラクらは以下の4点の命題を提示している。
第1に、夏季休業中のインターンや簡単なアルバイトは、将来のマネジャーとして業務について理解することや、尊敬を集めるための現実的な方法である。
第2に、多くの経営者は、仕事のコツを覚え、揉め事を起こさないことによって、正当性を獲得する非革新的なキャリアパスを勧める。
第3に、移行期や不確実性のもとでは、革新的な行動は信頼獲得の近道となる。
第4に、非革新的な行動は、革新的を起こす機会の獲得に繋がるだろう。
分析の結果、以下の4点が明らかとなった。
第1に、多くの経営者が、後継者を夏季休業におけるインターンや簡単なアルバイトとして勤務させたのち、大学を卒業後すぐに会社に参画させていた。さらに、インタビューを実施した会社の多くにおいて、従業員から好意的に受け取られていた。
第2に、多くの調査対象企業では、斬新なキャリアパスを歩むというよりも、むしろ日々の仕事の中で従業員からの支持と信頼を集めていた。
第3に、会社が変化を目指す時期においては、革新的な行動によって、従業員からより強い信頼を獲得しているケースが見受けられた。これらのケースにおいては、すでにある程度の信頼があるという前提にはなるが、革新的な行動によって会社に成果をもたらした場合、イノベーターとしての強い信頼を獲得することができることが明らかとなった。
第4に、事業承継に成功した後継者は、日々の日常的な業務をこなすなかで、すなわち非革新的な行動を通じて、革新を起こすチャンスを獲得していた。これらの発見事実より、バラクらが提示した4点の命題は支持された。
以上を踏まえれば、あるべき後継者のファミリービジネスの関わり方について、大学卒業にすぐにファミリービジネスに参画されるとしても、事前に夏季休暇や日常において、ファミリービジネスに関わる機会があることが望ましい。また、昨今の経営環境の変化が激しい時代においては、ファミリービジネスを永続させていくには常に革新的な行動が求められる。そのために、大学卒業にすぐにファミリービジネスに参画するのではなく、数年は他社で修行し、先代までのファミリービジネスでは取り組んでこなかった取組みを推進するための知見を取得すべきだと考えがちであるが、本論文ではファミリービジネスへの参画を通じて、イノベーションに取り組むことが支持されている。仮に、他社で修行を行う場合も、ゆくゆくはファミリービジネスへの参画を通じて、イノベーションを志向すべきだと意識し、取り組むことがファミリービジネスにおける正当性の獲得の近道になることを肝に銘じておく必要があろう。