後継者に経営のバトンをうまく渡すには?

ファミリービジネスを行う経営者にとって、企業の成長とともに意識しなければならないことは、会社や事業を次世代に託すということである。しかしながら、事業承継の難しさは、経営者が引退を目前に控えた段階にすぐにできるわけではなく、しっかりと事前に準備が必要ということである。突然、社内に自分の息子や娘を幹部として登用することの難しさは、多くの経営者が実感として理解しているだろし、強引な事業承継は会社を支える従業員の離職を招きかけない。以上の問題に陥らないためにも、今回のハンドラー (1994)の調査レポートにおいては、いかにして事業承継を計画すればよいか、そのプロセスに着目しながら検討する。

まず、ハンドラーは、事業承継に関する先行研究の問題を次のように指摘している。既存研究において、事業承継を考える際に肝要となることは、その計画であると主張されてきた。しかしながら、事業承継の計画に焦点を当てた研究は、十分にはなされていない。次に、実務的な問題として、事業承継の難しさを指摘している。ハンドラーによると、これまでの研究から2代目に事業を継承できる企業は30パーセントとなり、3代目に事業を継承できる企業はそのうちの10パーセントであることが示されている。このような理論的かつ実践的課題を踏まえ、当研究では理論的に事業承継のプロセスを検討している。

事業承継のプロセスに関するレビューに先立ち、本研究における事業承継の定義を紹介する。ハンドラーは、自身の研究において事業承継を、「リーダーシップのバトンをオーナーや創業者から、家族ないし従業員の中の、次世代の継承者に渡すこと」と定義している。この定義に基づき、ハンドラーは先行研究において議論されてきた、事業承継のプロセスについての研究を紹介している。例えば、チャーチルら(1987)の研究が挙げられる。チャーチルらは、事業承継を父子間のプロセスであるとし、次の4点の段階を提示している。まず、オーナーによるマネジメント段階である。この段階においては、父親のみがファミリービジネスに関わっているというものである。次に、トレーニングの段階である。この段階においては、後継者が仕事について学習することになる。その後、パートナーシップ段階となる。ここでは、父子が協力しあいながら仕事を進めることになる。最後が、権力移譲段階である。この段階においては、経営の責務は父から後継者に移行し、事業承継が完了することになる。

さらにハンドラーは、このようなプロセスを提示した同様の研究としてロングネッカーら(1978)の研究を取り上げている。 ロングネッカーらは、事業承継のプロセスとして次の7点の段階を提示している。第1に、修業前段階である。この段階では、後継者が会社におけるごく一部の側面にのみを理解している状況となる。第2に、入門段階であり、ここでは後継者は会社についてのしきたりを理解するようになる。第3に、入門的実用段階であり、ここでは後継者はアルバイトとして勤務することになる。第4に、実用段階であり、ここでは後継者は正社員として勤務することになる。第5に、発展的実用段階であり、ここでは後継者はマネジメントの責任を担うことになる。第6に、初期継承段階であり、ここでは後継者は経営者となる。第7に、成熟継承段階であり、ここでは後継者は会社における確固となるリーダーとなる。

事業承継の4つのプロセス

以上の先行研究のレビューを踏まえ、ハンドラーは図が示す事業承継のプロセスを提示している。はじめに、現経営者がいかにして前経営者になるのか、そのプロセスを説明する。まず、現経営者は単独の①経営者(sole operator)として位置づけられる。単独の経営者とは、組織において中心的で、一般的には単一のファミリーメンバーのことを指す。次に、現経営者は②支配者(monarch)となる。支配者とは、他の従業員に対して卓越した力をもつ人物を指す。その後、支配者は、③権限委任者(overseer-delegator)、④相談役(consultant)へとなる。ここでの権限委任者や相談役とは、組織から徐々に距離を置き、リタイアした人物を指す。このプロセスと並行して、後継者であるファミリーメンバーは、次のプロセスを経る。まず、後継者は①役割のない一個人(no role)として位置づけられる。次に、後継者は②助手(helper)となる。その後、③マネジャーとなったうえで、最終的に④リーダーや意思決定者となるのである。

この上でハンドラーは、現経営者が前経営者となる段階と、後継者が事業承継を経て現経営者となる段階が、次のように影響しあうと論じている。まず、図における点線で示す後継者から現経営者へのパスは、後継者が次の段階(役割)を担うに値する能力を示すものとなる。次に、図における実線で示す現経営者から後継者へのパスは、現経営者が後継者の能力を評価し、次の段階(役割)を担うことを権威づけることを指す。すなわち、後継者は現経営者に対して、自分の仕事を遂行するための能力を示すことによって会社を経営するための役割を獲得し、それと同時に、現経営者は後継者が示す能力が会社を経営するに足ることを示すことで、権限を譲っていくのである。なお、ハンドラーは、この事業承継のプロセスとその相互作用を提示した上で、多くの現経営者は支配者であり続け、ファミリーメンバーを含む従業員は多くの場合、助手やマネジャーに留まる場合が多いことを指摘している。また、このようなプロセスを提示している一方で、必ずしも、このようなプロセスを経るわけではないことも指摘している。

ハンドラーの研究を踏まえれば、事業承継を計画する上で、次の2点が重要になる。まずは、事業承継とはいかにして経営者自身が築き上げてきた権威を、後継者に譲り渡すかということである。社内における軋轢を生むことなく、次世代へのパトンタッチを成功させるためには、従業員が納得するような形で移譲する必要がある。そのためにも、後継者がわかりやすい形で、自身の能力を示すとともに、経営者がその能力を評価することによって、後継者としてふさわしい人物であると権威づけることが求められる。ハンドラーの研究が示すように、経営者と後継者の能力提示と権威づけを通じ経営のバトンを渡すことが重要となる。

次に、経営者は会社の成長とともに、自分自身の権限や権威を後継者に意識的に譲り渡すという意識を、いかにして持つかということである。ハンドラーが指摘するように、多くの経営者は自らが築き上げてきた地位に固執してしまう場合が多い。経営者からしてみれば、会社を思ってこその固執だろう。しかしながら、その固執ゆえに、後継者は社内での権限を十分に持てず、また、重要な業務への参加も難しくなる。経営者は会社の成長とともに、権威や権限を高めるのではなく、むしろ譲り渡していくものであることを、理解することが肝要となる。