事業承継が進まない理由は何か?

事業承継の重要性は、この研究レポートの読者にとって、周知の事実であろう。しかしながら、その事実とは裏腹に、事業承継の準備が依然として進んでいない場合も多い。なぜ、我々はその重要性を理解しつつも、準備が進まないのだろうか。今回は、計画的行動理論を用いた研究としてシャルマ(2003)を紹介することで、事業承継の準備や計画を促す要因を明らかにしたい。

まず、計画的行動理論とは、アイゼンが提唱した理論であり、以下のように記述される。個人が何らかの行為をとる際、目的となる行為の前には意志が存在し、この意志は個人の態度によって生じる。ここでの態度とは、①行為の結果に対する個人的な好ましさ、②行為の結果に対する社会的規範からの受け入れやすさ、そして、③行為の結果を引き出すことができる実現可能性を意味する。これらの3つの要因がポジティブに影響することによって個人の意志が高まり、その結果として行為が引き出されるというものである。以上を踏まえれば、計画的行動理論とは、人々の行為が人の意志によって影響を受けることを指摘している古典研究であるといえる。この計画的行動理論を踏まえれば、事業承継に関する様々な行為(例えば、後継者の育成、承継後のビジネスの指針の提示、承継後の自身の役割、さらにはステークホルダーとの対話といった仕事)を引き出すためには、経営者の承継への意志が必要となる。

これより本研究では、次の3点の仮説を引き出している。

第1に、経営者がファミリーにビジネスを継続したいという欲求は、経営者にとって事業承継への好ましさを判断する要因となる。これは、次の2つの理由によるものである。まず、事業承継に関する行為を引き出すためには、ビジネスをファミリーのメンバーによって、コントロールしたいという欲求が必要となる。次に、事業承継は創業者や現経営者にとって心理的負担の大きい行為であるため、そういった行為を引き出すためには、ファミリーにビジネスを承継することのメリットが必要となる。以上を踏まえ、本研究では、より詳細な仮説を以下のように示している。経営者のファミリービジネスを承継したいという欲求と、後継者の選定と後継者の育成、承継後の経営戦略の策定、承継後の経営者の役割の発見、ステークホルダーとの意思決定の共有には、ポジティブな関係がある。

第2に、ファミリーメンバーの、ファミリービジネスを存続させることへのコミットメントの高さは、事業承継することへの納得感を判断する要因となる。これは、ファミリーメンバーへの事業承継に、高いコミットメントをもつファミリーにとって、ファミリーへの事業承継はより望まれるものになる。その結果、そういった環境において、経営者の事業承継の意志はより強まることになるからである。以上を踏まえ、本研究では、より詳細な仮説を以下のように示している。ファミリーメンバーの、ファミリービジネスを存続させることへのコミットメントの高さと、後継者の選定と後継者の育成、承継後の経営戦略の策定、承継後の経営者の役割、ステークホルダーとの意思決定の共有には、ポジティブな関係がある。

第3に、後継者の信頼に値する性向は、事業承継を成功に導くことの実現可能性を判断する要因となる。これは、次の2つの理由によるものである、まず、事業承継において、後継者が自身にビジネスをけん引することができるという信念がなければ、承継することは難しい。また、経営者も後継者がビジネスをけん引することができると信頼できなければ、事業承継を進めることは困難となる。すなわち、後継者自身にとっても、経営者にとっても、後継者が信頼に値する人間でなければ事業承継の成功や実現は困難となることになる。以上を踏まえ、本研究では、より詳細な仮説を以下のように示している。後継者の信頼に値する性向と、後継者の選定と後継者の育成、承継後の経営戦略の策定、承継後の経営者の役割、ステークホルダーとの意思決定の共有には、ポジティブな関係がある。

以上の仮説を踏まえ、本研究では定量研究を実施した。調査対象として、カナダファミリーエンタープライズ協会に参加するファミリービジネスを選択。具体的には、現在、事業承継を行っている企業および5年前ないしは5年後までに事業承継を行う企業を対象として選択した。その結果、509の企業がリスト化され、今回の調査において使用されたのは、そのうちの118社である。

事業承継は、経営者と後継者の思いが一致しなければ進まない。

調査の結果 、以下の4点が明らかとなった。まず、後継者の選定と後継者の育成との間に、ポジティブな関係が見受けられたものは、後継者の信頼に値する性向のみであった。次に、事業承継後の経営戦略の策定との間に、ポジティブな関係が見受けられたものは、後継者の信頼に値する性向のみであった。さらに、事業承継後の経営者の役割の定義との間に、ポジティブな関係が見受けられたものは、後継者の信頼に値する性向のみであった。最後に、ステークホルダーとの意思決定の共有との間に、ポジティブな関係が見受けられたものは、ファミリーメンバーの、ファミリービジネスを存続させることへのコミットメントの高さと後継者の信頼に値する性向であった。以上を踏まえれば、最も事業承継に関する行為を引き出すものは、後継者の信頼に値する性向であった。すなわち、後継者自身が自らが後継者に相応しいと考えており、経営者自身もその後継者が後継者として相応しいと考えている場合において、事業承継が進むのである。

以上の研究結果を踏まえれば、経営者が事業承継の重要性を理解しつつも、その準備や計画が進まないのは、後継者への不安があるからだと言える。すなわち、事業承継の進めたいものの、息子や娘に対する不安(例えば、経営者として本当に相応しいのかどうか)が、その準備を妨げているといえる。では、どうすれば良いのか。まず、経営者の不安として、後継者に対して不安があることを認めることから始める必要がある。不安を認めることによって、後継者にどういった能力が不足しているかを検討することができる。また、後継者としての資質について、ファミリーメンバーによって議論することもできるようになる。また、後継者育成のステップとして、例えば、自社において実績を積ませていくことによって、ある程度の不安が解消される可能性は高い。しかし、経営者を任せることに対する不安はぬぐい切れないかもしれない。あとは経営者が腹をくくって、一度後継者に経営を任せると決めてしまうことであろう。実際、経営を任せるまでは頼りなく思えていた後継者が、いざ、経営を担ってみると大きな成果をもたらすこともある。

一方で、後継者の意識としても、経営者(親)に対して、経営を担う責任を背負うことについて、しっかりと意思表示すべきであろう。まずは、そのような会話を経営者であると親と、後継者である息子や娘の間で始めることが、事業承継の一歩だと言える。