事業承継を一夜にして成し遂げることの困難さは、多くの経営者が実感していることであろう。特に、自身が創業者社長として、会社を牽引してきた実績を持つ場合、その難しさはより一層際立つ。であるならば、長期的な視点に立った事業承継の検討が要求されることになるが、そのプロセスについては十分には解明されていない。今回、長期的な視点に立ち、事業承継のプロセスを提示した理論研究としてロンゲネッカーら(1978)を紹介することで、事業承継を成功に収めるための、解決の糸口を見つけたい。

ロンゲネッカーら(1978)は、事業承継の複雑性を踏まえた、事業承継のマネジメントに関するプロセスについて検討している。結論を先取りすると、会社を経営していく上で肝要となるリーダーシップに関する親子の事業承継は、7点の要素から構成される長期間の社会化のプロセスであり、このプロセスを通じてリーダーシップを獲得していくというものである。以下、詳しく記述していく。

事業承継のプロセスは社会化へのプロセス?

ロンゲネッカーらは、事業承継に関する先行研究の限界として、経営者から後継者へリーダーシップが承継されたのちの短期間の業績のみに焦点が当てられてきた点を指摘している。もちろん、承継後の組織への影響を検討することには意味がある一方で、リーダーシップを承継していくための背景や準備について、看過されてきたことになる。そこで、ロンゲネッカーらは、後継者が組織において経営者となる過程を、社会化の過程より捉えようとしている。ここでの社会化とは、個人が社会に参加するための準備の過程である。例えば、ジャングルの奥地にある村の一員となるためには、原住民らしく振舞うことが要求されるだろう。そのような「らしさ」を獲得することを、社会化である。なお、社会化の中でも、特に組織への参加に着目したものが、組織社会化と呼ばれ、多くの研究が蓄積している。

以上より、ロンゲネッカーらは、次の2点に着目することで、事業承継のプロセスを理論的に検討している。

第1に、経営の事業承継に関して時間の経過に注目する点と、第2に、事業承継における社会化の側面に注目する点である。なお、彼らは、事業承継という概念が一般的には、父親から息子への事業承継を想定しているが、ここでは父親から娘へ、ないしは母親から息子ないし娘への承継においても同様のものとして捉えている。すなわち、ロンゲネッカーらは、後継者が会社という社会において、いかに「経営者らしさ」を獲得するのかを、社会化の観点から、長期的な時間の経過に注目することで捉えようとしているのである。

上図は、ロンゲネッカーらが提示した親子の事業承継に関する7点の要素に基づくモデルである。

事業承継にいたる7つの社会化プロセス

7点の要素としては、第1に就業前段階、第2に入門段階、第3に入門的実用段階、第4に実用段階、第5に発展的実用段階、第6に初期承継段階、第7に成熟承継段階である。この7段階からなるモデルにおいて、事業承継における重要な2点の出来事が存在する。1点目の出来事は、後継者が会社にフルタイムで働く従業員として会社に参加するというものである。2点目の出来事は、経営者から後継者にリーダーシップを振るうポジションが承継されるというものである。それぞれの段階について説明していく。

まず、第1段階の就業前段階において、後継者は、会社や事業について意識するようになる。第2段階目の入門段階において、後継者は、家族によって、会社の従業員や関係者に紹介されることになる。第3段階目の入門的実用段階においては、後継者は、自社において正社員として勤務するために、アルバイトとして勤務したり、専門的な教育をうけたり、さらには他社において正社員として勤務することになる。第4段階目の実用段階において、後継者は、会社にフルタイムの正社員として勤務することになり、非管理職の仕事を担うことになる。第5段階目の発展的実用段階において、後継者は、経営者としての役割を担うための様々な管理職の仕事を担うことになる。第6段階目の初期承継段階において、後継者は、経営者の役割を担うものの、時間的な経過が十分ではないため、複雑な役割をこなすためには経験が必要となる。第7段階目の成熟承継段階において、後継者は、会社においてリーダーシップの役割を担うと考えられており、自立的にその役割を遂行することになる。

次に、7段階の役割について説明していく。まず、第1段階目の就業前段階から、第2段階目の入門段階、そして第3段階目の入門的実用段階は、後継者が会社に参加するための段階である。次に、第4段階目の実用段階から第5番目の発展的実用段階は、後継者が社内から経営者としてふさわしいと理解されるための段階である。最後に、第6段階目の初期承継段階から第7段階目の成熟承継段階は、後継者が経営者として仕事を遂行するための段階である。以上の段階を経ることで、後継者は経営者よりリーダーシップを譲り受け、会社を担う人物となるのである。言い換えれば、後継者は経営者としての「らしさ」を獲得することで、会社を担うリーダーとなるのである。

ロンゲネッカーらの研究を踏まえれば、長期的な事業承継を計画する上で、次の3点を意識することが重要であると言える。まず、後継者が会社に正社員として参加するための準備である。ここでの具体的な準備としては、幼少期からの自社の事業の説明や経営に関する考え方の説明(例えば、家訓家憲)、また、経営や経済に関する専門知識を大学等の教育機関で学ぶ等があげられる。さらには、他社において正社員として勤務することも、自社に正社員として後継者を入社させるためにも、必要となるだろう。次に、後継者が経営者としてふさわしいと理解されるための準備である。ここでの具体的な準備としては、後継者に平社員として多様な役職を経験させること、また、マネジャーとして様々な管理業務を担わせることがあげられる。なお、経営者としては、ジョブ・ローテーションや、成果を出すことのサポートを通じて、後継者が社内において次期経営者として認められることを促すことが可能となるだろう最後に、後継者が経営者として仕事を遂行するための準備である。ここでの具体的な準備としては、承継直後においては、自身の経験を伝える形でのサポートや後継者の成果に寄与する業務上のサポートが可能となる。いずれの段階においても、時間的な経過を視野に入れることが必要という点も忘れてはならない。後継者が徐々に社長の息子から次期社長へと、その「らしさ」を獲得していくのか、その長期的過程をサポートしていくという観点に立つことが、事業承継を成功させる上で肝要となる。

後継者に期待を伝えない現経営者の問題

また、日本特有の事情かもしれないが、現経営者やその配偶者が企業経営は困難が伴うことも多く、後継者候補(長男や長女など)に対して、会社を継いでほしいと伝えない、会社との接点をできるだけとらないようにしていることも多いように思う。後継者が独自の道を歩むことになればそれはそれが、現経営者が高齢化し他の手がなくなった段階で後継者に事業承継を頼まれてもそれも酷な話である。また、後継者からして現経営者から事業承継の話がないことも逆に自分は期待されていないという疑心暗鬼になることも多いようだ。本論文のように事業承継を長期的な社会化プロセスととらえて、幼少期から後継者に会社のことを伝えることが事業承継をスムーズに進める手立てではないかと思う。